2011年06月25日

北八ヶ岳・白駒池

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梅雨空が続きますが先日、
北八ヶ岳、白駒池のあたりを
ちょっと歩きました。

(上)麦草峠からスタート。
   もうすでに2,000mあります。

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苔むした原生林の中、ゆるやかに登っていきます。

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ほとんど眺望のない丸山頂上を経て
高見石へ。

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高見石小屋(赤い屋根)の裏から
この岩の上をほいほいと登っていくと…。

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おっと見えてきました白駒池

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ここでスカッと晴れてほしかったけど、
梅雨時期だから仕方ないね曇り

ちょっと早いけどこの景色で
ランチにしましょうレストラン

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最近ではこんな緑々とした木々を見るだけでも
落ち着きます。

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30分ほど下って白駒池の畔に下りてきました。

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このあたりもかなり苔むしてます。
アニメに出てきそうな感じ…?
苔好きな(?)方は是非。

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平日ということもありますが、
静かな雰囲気ですね。

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ちょっとだけ晴れ間がありましたが、
今日はこんなもんだね。

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長野県佐久穂町:   <'11 JUN>



ひらめきひらめきひらめき
余談ですが先日の猪苗代のイベント、
詳細レポートがHPにアップされています。
特に音楽のステージ!スゴイでしょー。
各アーチスト、身近に感じられました。
「行きたかったよー」「知らなかったよー」
という人もたくさんいるはず。
次回は我々県外からももっと参加しましょ!

http://www.gambaruzo.jp/




posted by oka at 23:15| Comment(0) | 山登り・トレッキング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月23日

オキナワの雨 2011

今日は沖縄慰霊の日。

ニュースで映像を見ていたら、
自分のオキナワの旅を思い出してしまいました。

この旅は写真は一枚も無いのですが、
オキナワのいろんな面を垣間見た
とても印象に残る旅でした。

そしてこのブログ<1>の2007年5月、
記事にした文章があるのでそのまま転記します。



「オキナワの雨 #1」

湿気を帯びた曇天の梅雨の頃にいつも思い出される感覚、
オキナワの旅のこと。
「涙そうそう」などの世間的な沖縄ブームの少し前、
2002年初夏の頃でした。
何がキッカケだったかは忘れたが、
急に思い立ち、週末に沖縄本島へ飛ぶことにした。

その前にどうしても気になることがあった。
日本人として知っておくべきことのひとつ、
「ひめゆり学徒隊」のことだった。
図書館で関連の本を2冊ほど借りて読んだのだが、
地上戦の惨状が想像以上の内容で、
相当に気が重くなってしまった…。

そして当日、の中「めんそーれ」の文字に
迎えられ、那覇空港に降り立った。

まずはレンタカーで国道58号線を北上し、
北谷周辺を周りその後、中心地の国際通りへ。
途中、路上でシルバーを売っている彼に市場近くの
美味い定食屋を教えてもらい、本場のゴーヤチャンプルを食す。
蒸し暑い気候に、オリオンビールがさっぱりと美味い。



「オキナワの雨 #2」

翌朝もが降っていた。
那覇市街を南下し糸満市の「ひめゆり平和祈念資料館」へ向かう。
途中、本に出てきた地名が次々現れた。
戦没者の魂がさまよってる感じすらした。
すでに気が重くなってきて、資料館も通り過ぎようかと
思ったが、ここまで来たからと気を取り直す。

入り口で献花し手を合わせる。
展示物を見ながら進んでいくと、高齢の女性が訪問者に
一生懸命何度も何度も説明している。
ひめゆり学徒隊の経験者でここで語り部として
我々に伝えているのだ。

その姿を見たとき、相当な衝撃を受けた。
本を読んだ時は、遠い昔のような感覚だったが、
現在もご健在であるように、そんなに昔のことではないのだ。
思い出すのも辛いであろう、当時の出来事を話す彼女を思うと
もう涙が出そうだった。
出口近くのベンチで、中庭のを見ながら呆然としてしまった。
感想を記すノートには
「とにかく我々に出来ることは、命を粗末にしないこと」
そんなことを書くのが精一杯だった。

そして、本を読んで気になっていた場所、
本島南端の喜屋武(きやん)岬へ。
陸からは米兵隊、海は埋め尽くすほどの米国の軍艦。
鬼畜米兵、捕虜になることも許されない教育のもと、
ひとつの手榴弾で数人が肩を組み、自らピンを抜いた人たちの
ことを思って悲しい海を見つめました。
今でも地元の海で、曇天の重い空の日は
この日のことを強烈に思い出します。

さとうきび畑を抜けて、沖縄自動車道で一気に北上。
この時、車内のFMから流れてたイーグルスの
「ホテル・カリフォルニア」が妙に悲しく胸に沁みます。

絶景の万座毛を訪れるころには空は快晴に。
そして嘉手納基地の周辺へ。
ずっと車内でAFN(旧FEN)を聴いていたせいもあるが、
この辺りはアメリカっぽい日本なのか、
日本的なアメリカなのか、不思議な感覚に陥りながら、
ゲート近くの店でタコライスを食べたっけ。



このオキナワの旅は、深く内面的にいろいろ考えさせられたし、
三線の音色が悲しく胸に響きました。
またいろんな文化が混在するこの土地に惹きつけられ、
しばらくオキナワマイブームが続き、
密かに移住計画も考えたほどでした。
世間的にブームになって冷めましたが…。

okaにとって忘れられない旅のひとつです。

Mr.Childrenのアルバム「B-SIDE」に、この当時も
よく聴いていた「1999年、夏、沖縄」が収録されたこともあり、
最近オキナワのことを思い出していました。





《後記》
以上が2007年5月の記事そのままなのですが、
今もこの梅雨時の蒸し暑い曇天の日には
この時のオキナワを思い出したりもします。
オキナワの悲しい歴史も忘れてはいけませんね。

NO WAR, NO NUKE!





posted by oka at 23:06| Comment(0) | あの日の空から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月18日

100日

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今日で震災から100日になるそうです。

なかなか事が進まない現状のもどかしさ、
自分に何ができるのか、するべきなのかと
考えながら悶々としてるのも僕だけではないと思います。

以前も触れましたが、いまだに違和感があるのが
被災地、被災者という表現。
なんだか他人事のような感じがするんですよね。

もはや日本全体で受けとめていくべきこと。

東日本の被害があまりにも甚大だったため
あまり報じられてませんが、
長野県北部でも3.12の地震で家が全壊したりの
被害がありました。

http://www.vill.sakae.nagano.jp/

もはや日本全体で受けとめていくべきこと。

皆が少しずつでも思ったり行動をしていくことですよね。
原発による風評や、避難されている方に対しての偏見など
人として愚行の極み!

間違いなく言えることは
これからも長く長く時間がかかること。

我々は電力問題以外はほぼ日常に戻って、
それこそ他人事になってしまいそうな時もありますが、
まだ何も解決していないんですよね。

くどいようですが、
日本全体で受けとめていくべきこと。
だと思います。



上の写真は、6/4.5福島・猪苗代での復興支援イベント。
先日NEWS ZEROでも取り上げられてました。

http://www.gambaruzo.jp/

参加アーチストの面々からも純粋に音楽イベントとしても
十二分に楽しんでしまったのですが、
会場となったスキーリゾートのホテルにも
双葉町などから原発避難の方々が数百人滞在しているそうです。

写真は泉谷しげるがいつものように「コノヤロー、バカヤロー」と
愛のある毒舌を吐きながらも熱唱。
このあと客席乱入して暴れてましたあせあせ(飛び散る汗)
忌野清志郎の志を受け継いで歌った反原発曲「サマータイム・ブルース」
今、この場所、この状況下で聴くことになるとは…。
おそらくそんなに音楽に興味ないであろうおじさん(避難者)が
振り上げた拳が忘れられません。

個人的には高校時代コピーバンドもやり、ビデオも擦り切れるほど見た
BOOWY世代なんで、福島市出身の高橋まこと(通称まこっちゃん)との
サイン&握手&2ショットに感無量なんですが。

このイベント、今後も継続するとのこと。

みんなが心から楽しめる時が早く来たらいいなあ…。



posted by oka at 16:56| Comment(2) | 旅人が想うこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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